村上陽一郎『ペスト大流行』(岩波新書)

2020年6月26日読書

村上陽一郎『ペスト大流行』ーヨーロッパ中世の崩壊ー(岩波新書225)

このたびのコロナ禍で歴史上のパンデミックが問い直され、この名著も改めてベストセラーになった。

十四世紀中葉,黒死病とよばれたペストの大流行によって,ヨーロッパでは三千万近くの人びとが死に,中世封建社会は根底からゆり動かされることになった.記録に残された古代いらいのペスト禍をたどり,ペスト流行のおそるべき実態,人心の動揺とそれが生み出すパニック,また病因をめぐる神学上・医学上の論争を克明に描く.

ペスト大流行 – 岩波書店 より

参考リンクなど

本書について

フラ・アンジェリコの「われに触るな」に、村上陽一郎は黒死病の残した深い蔭を見る(p.177〜178)。
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Noli_me_tangere,_fresco_by_Fra_Angelico.jpg

「黒死病」について

感想

パンデミックと人類 【2020年6月23日】

  • y
    • 歴史上、繰り返し疫病の大流行に襲われている人類。残された文献などから、その時に何が起こっていたか、黒死病(ペスト)を中心に検討する。
    • ヨーロッパの十四世紀の黒死病の大流行により、人口減少に伴って荘園制度の変化、賃金労働者の発生(中世の封建的荘園制度の自壊 p.162 )、農民運動が盛んになるなどし、学問を修めた長老世代が疫病で一斉に退場し、結果、学問の衰退がおこったのではないかといった説などを問うていく。一方で死を憶え神への信頼を取り戻し信仰に沈潜、「死を忘れるな」(memento mori! )という標題や芸術の題材として「死」が最もポピュラーになったことなど、後のルネサンス以降のヨーロッパに続いていく変化の指摘も見逃せない。
    • また、黒死病の原因を「キリスト教徒の敵」に転嫁し(p.140)、ユダヤ人大虐殺(ユダヤ人迫害、ポグロム)や被差別者の迫害が熱狂的に拡大していった様も指摘される。
    • 「黒死病前夜」の項(p.56)では、ペスト大流行数年前から気象などの相次ぐ異変が起こっていたことが紹介される。旱魃、大洪水、大地震や大飢饉、蝗害、津波、台風など。これら人びとの抵抗力が予想以上に低下、アジア地区の穀物の不足によりペスト菌を媒介するノミを拡散するクマネズミがヨーロッパに流れ込んだ……といったことも書かれていた(p.56〜60)。ペストの流行・再燃と十字軍との関係との関係も指摘される。ちなみに作者はペストの原発地をアジア地区(中国、中央アジア、インドなど)と文献などから推察する。
    • 奇妙なことに、ペストの流行とトビバッタの大流行とは、不思議に暗合する」(p.57
    • このたびの新型コロナウイルス感染症のパンデミックにおいても、地球規模の異常気象や大災害、サバクトビバッタの大発生と蝗害、空路など交通の発達によって人びとの移動がこれまで以上に盛んになりかつより迅速になったことによる世界各地への大規模な拡散、等々、『ペスト大流行』に書かれていたこととの類似点が実に多く、考えさせられることが多かった。人類は繰り返し疫病の大流行にあってもあまり変わっていないのではないか?

その意味で、多くの史家の指摘するとおり、黒死病そのものは、時代の担っていた趨勢のなかから、次代へ繋がるものをアンダーラインした上でそれを加速させ、その時代に取り残されるものに引導を渡すという働きをしたにせよ、次代を造り出す何ものかを積極的に生み出したわけではなかった。

村上陽一郎『ペスト大流行』p.176 より

📖2020年6月23日